No.3 庭先への珍入者事件

 ある日の昼下がり、庭先で遊んでいたわたしの前を何かが通り過ぎた。ニワトリのようだが様子が違う。隣の中華料理店がニワトリを沢山飼っていたので、その姿形や鳴き声は知っていた。しかし、その何かは鳴きもせず、方向も定まらずジグザグに走っていた。じっと目を凝らして見るとその何かはまさにニワトリで頭が無いまま走っていたのだった。

 程なくして、隣の中華料理店のおじさんが大きな声をあげながら入ってきた。私は驚きで、おじさんを見るようか、頭のない走るトリを見ようかと迷っている間に走るトリは私の目の前でばったり倒れてしまった。隣のおじさんは無造作にトリをつかむと、倒れた所の土についた血のしみを下駄の先でもみ消し、「ちっ」という声を残して帰って行った。

 誰もいなくなって、急に怖くなった私は「となりのオジサンがトリさんのアタマをきっちゃった。オジサンコワイーッ。イ・イ・イッ」と泣きじゃくりながら家に入り寝込んでしまったらしい。その珍事件があってしばらくは、大好きだった隣のラーメンを食べに行くことができなかった。が、いつの日か、気がついたら兄姉たちとラーメンを食べていた。家族の誰一人としてその話題に耳をかしてくれず、珍入者事件を忘れただけのことだったのだが、周囲の様子や会話からあのニワトリがどうなったかは分かってきた。その日以後、ニワトリが駆け込んでくることはなかったのだが、数年後にはニワトリ小屋も無くなっていた。

 ちなみに、当時は札幌ラーメンなるものはまだ登場しておらず、そのラーメンは昔ながらの香ばしい透明鶏ガラスープの醤油味。濃いピンクとミドリの鳴門カマボコ、ほうれん草、メンマ、ゆで卵の輪切りがのったシンプルなラーメンだった。