No.5 創成川とゴム短靴

 現在の創成川は大がかりな改修が終わり、きれいで整然とした創成川公園が整備されている。私が住んでいたあたりの創成川の風景も、子どもの頃とは随分さま変わりした。平成の子どもたちには、この風景がふるさとの創成川になるわけだ。いつの時代も、水辺はさまざまなできごとや発見があり、子供たちにはわくわくドキドキがいっぱいの場だ。保護者にとっては、それが心配の種だが‥。

 時代を昭和30年代に戻そう。その当時の創成川は、石積みの護岸の両岸には柳が立ち並びいかにも下町のお堀という風情だった。水深30〜40センチほどの川は水もきれいで、小さな魚や水辺の昆虫などが見つかった。たまに近所のおばさんが洗い物をしている姿も見受けられ、水辺の少ない札幌の中心部では生活と繋がりが深い川だったと思う。

 近所の子どもたちのなかで、リーダー的な年長の男子が、「川で遊ぼう」というのが意気投合の大事な手続きで、4〜5人くらいで川へくり出す。「川へ一人で入るな」、「小さな子どもたちだけで入るな、入ったら死ぬよ!」と、どこの家庭でも、子どもなりに危険から自分の身を守る責任みたいなものを耳タコで言われていましたから。

 そこで活躍したのがゴム製の短靴(たんぐつ)、早い話しがゴム長を短く切ったようなシロモノ。色は黒と赤の2色、いま見るとレトロな感じとシンプルさが、なかなかいい雰囲気を出している。わたしが履いていたのは三馬ゴム製で、三頭の馬の顔が並ぶ緑のマークは、お世辞にもカワイイと思えずマークを剥がそうとムダな努力をしたものだった。当時はビニール製の小洒落た靴が出始めて、女の子用の靴にはベルトがついたり、リボンがついたり、ゴム短に比べると細身で格好が良かったが、遊びには不向きでよそ行き用として下駄箱で鎮座していた。

 このゴム短、履いたままで川の中を歩くにも、さかなや水底の生き物をすくうのにも便利な道具で、水浸しになると靴の中からグチャ・グチュと微妙な感触と音が足に伝わってくる。運よくさかなを捕まえられた日には、片方の靴にさかなを入れて、片足はケンケンやつま先歩きでようやく帰って来た。そのさかなだが、川の中では光ってピュッピュッと泳いでいたのが、家で空き瓶に入れてのぞきこんでも殆ど動かず、色ツヤも地味だった。

 結局、数日後には、「飽きたなら戻しておいで、川に入ったら晩ご飯ないよ」と親にきつく言われて、すごすごと足取りも重く川に向かったものだった。

 平成の子どもたちも、キラキラ光ってピュッピュッと泳ぐさかなをきっと見つけられるだろう。